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玉島簡易裁判所 昭和33年(ろ)22号 判決 1960年8月23日

被告人 藤沢忠雄

明四二・八・二〇生 酒造業手伝

主文

被告人を罰金参万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金弐百五拾円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、岡山県玉島市黒崎(当時浅口郡黒崎村)八〇〇〇番地において、酒類製造業を営む父藤沢藤左衛門の代理人として酒類製造の一切の業務を担当していたものであるところ、右藤沢藤左衛門の業務に関し、

一、昭和二三年四月頃前記場所の藤沢藤左衛門の経営する酒類製造場において桶第八九号から桶第九号へ葡萄酒の滓約一石を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際所定の帳簿(生葡萄酒容器移動物帳)に所定の事項を記載しなかつた

二、その頃同所において、桶第一四二号から桶第九号へ前同様葡萄酒の滓約一石を入れ換えて容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定事項を記載しなかつた

三、その頃前同所において、桶第一九三号から桶第九号へ前同様葡萄酒の滓約一石を入れ換えて容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

四、同年六月頃前同所において、桶第一四一号から桶第九号へ前同様葡萄酒の滓約一石を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

五、その頃前同所において、桶第二四号から桶第九号へ葡萄酒の滓約一石を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

六、その頃前同所において、桶第三〇号から桶第九号へ葡萄酒の滓約一石を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

七、その頃前同所において、桶第三一号から桶第九号へ葡萄酒の滓約一石を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

八、その頃前同所において、桶第一六一号から桶第九号へ葡萄酒の滓約一石を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

九、同年六月末頃前同所において、詰口場所在の容器から桶第一九三号へ葡萄酒一〇石一斗一升を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

一〇、その頃前同所において、詰口場所在の容器から桶第九号へ葡萄酒六石四斗八合を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

一一、その頃前同所において、詰口場所在の容器から桶第一六一号に葡萄酒六石二斗二升一合を入れ換えて酒類の容器移動をなしたが、その際前記帳簿に所定の事項を記載しなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも昭和二三年法律第一〇七号による改正前の酒税法第五四条、第六五条第一号、第六七条、同年政令第一四八号による改正前の酒税法施行規則第六一条第一項第九号、罰金等臨時措置法第二条に該当するから所定刑中罰金刑を選択し、右は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項に則り、所定罰金の合算額の範囲で主文のように処罰し、右罰金不完納のときの労役場留置期間につき、第一八条を、訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第一八一条第一項を適用する。

(弁護人の主張に対する判断)

本件弁護人の主張の概要は、別紙「弁論要旨」のとおりである。

そこで、これらについて考察をする。

右弁護人の主張中、包括一罪であり、犯意を欠ぐとの(一)(1)(2)点については、それが上記証拠に照して犯意があり、且つ併合罪であること明らかである。

というのは、以下のように思料するからであつて、本件において税務署長が指定した記載事項は、「検定後ニ於ケル酒類容器ノ移動事蹟」であり、上記各証拠を綜合すれば、その推定製造年度、製造石数、入換石数などから、被告人が入れ替えて容器移動をなした葡萄酒は検定後の酒類であることが肯認できる。

そしてもちろん、租税犯の犯意の成立には、罪となるべき事実の認識を以て足り、違法の認識を要しないもので(最高判昭二三、七、一四。昭二四、一一、二八参照)、それは逋脱犯と秩序犯とを問わないものと解すべきである。

また、いうまでもなく租税犯の場合も、犯罪の単複を決定する基準は、法律の制定趣旨に徴し、それぞれの場合に応じた規範的な評価によつて決定すべきで、純理論からすれば犯意説に従うべきだとしても逋脱犯か秩序犯(租税法規の秩序を乱すことにより、国庫の利益を侵害する虞れがあるとみられる犯罪を意味する)かで若干差異を生ずるものとみねばならない。

そこで、本件犯意の有無については、当公廷でした被告人の供述並びに当裁判所の差戻前の公判期日における被告人供述の記載(第二回公判調書)によつて、本件被告人において上記記載事項を記載の要あることの認識があり、且つその記載を怠つたものであることが肯認でき、本件不記載の罪は、各必要記載事項が生じた日の中にその記載を怠れば、その日の終了によつて既遂となるので、記載事項の生じた日毎に、不記載罪は成立すると解すべきであるから、本件は前示認定のとおり、これを併合罪として処断すべきものといわなければならない。

次に、(二)の違憲主張についても、結局それが憲法違反でないものというべきであるが、以下その概要を説明することとする。

さて思うに、本件の主要論点である罰則の再委任が、下級行政機関にまで可能かどうかについては、憲法に明文はないが、憲法の一般原則からみて、委任命令は法律による委任事項の一部を更に行政機関の法形式(必ずしも受任的命令に限らない)にまで再委任できるものというべく、従つてその委任した法律が、命令の種類を指定せずに、個別的具体的に限定した特定事項の範囲内でならば、その一部の詳細を規定することを下級行政機関の法形式にまで再委任できると解せられるので、下級の地方行政機関たる税務署長も、本件当時、税務署官制(昭和二四年法律第一四二号により廃止)第一条第四条に則り政令の委任に基き、本件の指定をなす権限を有したものといわなければならない。

ところで、酒税法施行規則(昭和二三年政令第一四八号による改正前のものをいう、以下規則と略称する)は、法律の委任に基き罰則を設けた政令であり、その第六一条第一項はいわゆる罰則規定で、酒税法(昭和二三年法律第一〇七号による改正以前のもの、以下同じ)第五四条はその罪となるべき事実の内容たる帳簿の記載義務を定めたものであり、その義務の内容の一部たる記載事項の詳細を命令(政令)に委任したものにほかならず、規則第六一条第一項第九号は、同第一項第一号ないし第八号までに掲げたもののほか、必要とするものを税務署長の指定に委せたものであつて、同規則のこの種の規定は上記酒税法第五四条の委任の趣旨に反しないものであり、何ら憲法に違反しない。

というのは、憲法第七三条第六号但書の「罰則」は、犯罪構成要件と刑を定める法規を指称するから、罪となるべき事実(本件では帳簿記載義務違反)と、これに対する刑罰は法律(酒税法第六五条第一号)で規定し、その罪となるべき事実の構成要件事実(本件では帳簿記載義務の内容)を、法律以外の法形式(規則第六一条第一項並びにその補充としての税務署長の指定)に委任したもので、有効な罰則の委任があつたというべきだからである。

してみれば、上記規則第六一条第一項第九号が各地方の実情を顧慮し、適宜の監督処置を個々の税務署長に委任したものと解せられるところ、この税務署長の右指定行為は、純理上はもとより一般的行政処分の性質をもち(憲法第八一条の法意からみても、法律以外のすべての一般的抽象的法規範を「命令」「規則」と称し、「処分」は司法処分のほか、行政権の定立する個別的具体的法規範たる行政処分がこれに該当する)法規を実施しまたはその他の措置を行うために発するところの義務を命ずる処分で、実質上はむしろ法律命令の補充をする性質をもつものと解せられるので、そのような各地方の特殊事情に対する行政処分を、更に国の徴税権を確保する監督の目的に必要な範囲で、中間的上級行政庁(国税庁)の単位で、若干統一的なものに規整されることがあつたとしてもまたやむを得ない処置で、そのことにより、上記下部地域の特殊事情を根抵から無視するものとの特段の事情のない以上は、委任の範囲を逸脱しないものと解するのを相当とする。(尤も、その後の改正により、右税務署長の指定が廃止されたということ自体は、むしろ後述するところで明らかなように、法の合理性の問題ではあつても、裁判上合憲か否かの正当性の問題を裏付けるものではないのである。)

それで、右税務署長の指定行為は、純理的には狭義のいわゆる受任命令ではなく、法律又は法律に基く命令に根拠をおく具体的処分であつて、これが公示方式に別段の定めはないのであるから、相当の方法により了知せしめれば足るものと解すべく、本件税務署長の規則第六一条第一項第九号に基く指定は、上記各証拠によれば、右指定事項を記載した「指定書」を作成し、毎年酒造年度の初めに、署員をして、各製造業者宅へ持参させ、これを通達指示した上、その受領印欄に受領印を得て税務署に保管したものであつて、これによつて本件では税務署長から「検定後ニ於ケル酒類容器ノ移動事蹟」の記帳義務違反が、犯罪事実として告知されたものというべきであり、すなわち右指定書が名宛人(被告人ら業者)に了知しうべき状態におかれた時に、上記指定は効力を生ずるので、畢竟憲法第三一条の罪刑法定主義にも違反しないものといわなければならない。(もちろん憲法上罪刑法定主義を正面から明定したものがないので第三一条はこの主義をも含むものと解するのを相当とするし、それが現行憲法の基本原則であることは、第三二条以下とくに、第七三条第六号、第三九条等の法条からも容易に窺知できるが、もともと罪刑法定主義は近代刑法を支配する基本原則で、わが憲法も第三一条(法定手続の保障)第三九条前段(刑罰法規不遡及の原則即ち事後立法適用の禁止)にこの原則を宣言しているし、そこで解釈について犯人に不利な「類推解釈の禁止」が要請されるが、行政的刑罰法規の解釈ではその特殊性に応じ、一般刑法の解釈におけるよりも目的論的方法が用いられる範囲は広汎となる。それは行政的刑罰法規が構成要件の構成において、概括的、包括的でなければならぬ場合が多く、規制対象も市民社会の特殊生活的秩序である特質による。とはいえ、解釈の超法規化を是認するのでなく、あくまで法規が本来予定する範囲内における目的論的解釈に限定されるものといわねばならない。当裁判所は、かかる見地から如上の合憲だとの見解を妥当と思料するのである。)

以上の次第で、弁護人の上記主張は、いずれも採用の余地がない。

(情状について)

しかしながら、本件には特異な情状が存するので、以下これにつき附言をする。

いうまでもなく、租税刑法はいわゆる行政刑法で、租税罰則の特性は、目的乃至性格が刑法の適用原則と遙かに遠ざかる部面もあつて、財政権乃至財政的秩序保持からする要素を多分に包含しているものとみなくてはならない。

それで、通告処分(行政機関のなす単なる処罰命令でなく、行政官庁のなす私和であるが、一面では科刑処分の性格があり、通告処分内容の履行により科刑は終了し、一事不再理の適用を受ける)の如きが犯則処分を特徴づけ、刑事訴追に特殊の考慮が払われているのである。

従つて、これらの制度の運用如何は、国民の法益にも甚大な影響を齎らすと同時に、法自体の存立目的をも喪失させるに至る。だから立法論的制度論としては、本件の如き容器の移動の帳簿の怠記に対する罰則に関しても、種々論議の余地があり得るかもしれない。すなわち、証人牧野英一、同三宅達、同高見襄太郎らの各供述(差戻後の当裁判所の第三、四回公判調書の各供述記載)などについてみても、むしろ蔵出帳、販売帳の怠記の処罰をなすことや、移動帳の怠記についても、業者の監督指導の合理化を試みることによつて或は十分に阻止できたのかも判らない。

またさらに、本件の場合、この種違反の摘発検挙がこの地方では殆んどその前例皆無であつて、被告人らの業者が遵法意識に欠けるところの縁由を形成したであろうことも、これを否めないという事情もあるようである。

とくに見のがすことのできないのは、租税犯の処罰が、国民の公課負担の公平を侵害するという面を、漸次に重視する国民感情に合致することが要請され、本来行政犯たるべき性格から、刑事犯的性格を具有するに及び、新しい刑罰規範体系を組成しつつ改変されてきた本件当時においてすら、他面において、財政権ないし財政的秩序保持という税法の特質に由来して、依然として道義的義務違反として、罪悪性を評価するに価しないような刑罰法規違反によつて形成されている秩序犯もあつて、それがため却つて、犯則者の遵法意識の欠如を一層誘致するなど、運用面において多くの問題を提供しつつあることこれである。

(だが、ここで留意すべきことは、正当性と合理性の混淆で、或る法令や処分が、裁判上合憲だということと、立法者や執法者(この場合行政官庁を意味する)がその法令、処分をより妥当なものとするため要請される配慮とは別であつて、技術的欠点のある法令、処分について、その欠点を改めないでよいという理由は少しもないということで、批判や欠点のある法令、処分は、行きがかりにとらわれず勇敢に改め、運用面でも善処すべきだということである。

それで、刑罰法のうちで、法定犯を対象とする行政的罰則ほど、方法論的な問題意識が生ずる部面は少ないともいえよう。というのもそれらの対象とする法現象がもつとも政治的であるが故で、公共の福祉と基本的人権との関聯において論議が多いからにほかならない。元来、行政手続をどの程度まで司法的なものに近づけるべきかの問題は、法実務社会と学界を通じて、今後本邦で重要課題となるだろうし、法の支配の原則を採用したわが憲法下で、行政的規制(取締)手続(とくに行政的強制を伴うもの)と憲法との関係は、行政権の強大化が必然的現象視されてくるにつれ、一層重要な論点となるように惟う。近時、行政処分とその合憲性に関する裁判例も、漸く多きを成しつつあるにもかかわらず、行政的取締と憲法の関係についての研究は、学界でも未だ空白地帯といえるし、判例も将来の先例としてふさわしいものが殆んどないのが現状である。

ところで、そうした場合、憲法第三一条を行政権をも拘束するとみるか、身体の自由拘束からの保障を行政権の発動にまで及ぼすか憲法第三三条の行政的拘束への準用を認めるかの問題などが生起するが、米国法の適法手続条項に由来するわが憲法第三一条(法定手続の保障)は、その故にのみ行政規則をも規律すると断ずるのは早計といえるかもしれない。)

次に、本件被告人の主観的立場に思いを致すと、その企業の組織と運営が頗る貧弱で、とくに記帳経理の面に甚だしく無理があつてその筋の指導監督の効果を稀少ならしめるものの尠くなかつたであろうことも十分察知でき、被告人の改悛の情とともに看過できぬものがある。

以上諸般の事情は、いわゆる司法の政治化がもたらす欠点をあくまで排除する立場に立つ裁判所も、被告人の憫諒すべき情状として科刑上相当重視すべきものといわねばならない。

(科刑について)

いま、罰金刑の刑罰制度上の機能についてみると、今日刑罰制度の中において占める意義は、刑の軽重からは、自由刑の次位にあるのにかかわらず、実際の運用面について、種々の視点から慎重に検討すれば、むしろ自由刑に匹敵し、場合によつては自由刑以上に重要性をもつのであるが、とりわけ、刑罰としての効果の普遍性、要素の平等性を欠ぐその特性を無視してはならないし、随つてこのような罰金刑の刑罰制度としての価値と機能を深く考察すべく、とくに他の税法犯と異り、本件犯罪につき、法が刑法第四八条の適用を排除していない点なども、科刑上考慮すべきものというべきである。

そこで、このようにして、本件の場合は被告人の上記主観的客観的情状に従つて、むしろ寛刑を以て臨むを相当とし、罰金額の量定をなすこととしたのである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上和夫)

(別紙弁論要旨略)

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